こゝろ

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
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こゝろ(こころ、:Kokoro)とは、夏目漱石によって書かれた小説。所謂後期三部作[1]のトリでもある。

概要[編集 | hide | hide all]

明治天皇崩御の衝撃を受け、大正の息吹を感じた夏目漱石は、明治の若者と、大正の若者とを対比させることで、個人主義についての考察を深めようと試みた。吾輩は猫であるや前期三部作[2]の軽快な文明批評から、より重厚な心理分析へと作風が転換していった後期三部作の中でも最後の作品で、時代の流れを如実に反映したものとなっている。

小難しく書いたが、簡単に言うと、老いたる者が今時の若者の変化に取り残されるという、繰り返される歴史が描かれた小説である。いつも通り、考え込み過ぎて神経を痛めながら書いたのに違いなく、その結末は決して明るくはない。

登場人物[編集 | hide]

「私」[編集 | hide]

前半部の主人公。「先生」に心惹かれる帝大生で、「先生」の遺書を託される。田舎の両親との関係は微妙で、最後には病に倒れた父よりも、自殺した「先生」を心配して東京へ向かう電車に飛び乗る。明治に比べ個人主義的風潮が強くなった、大正の若者の典型。

「先生」[編集 | hide]

Kを出し抜いて奥さんを手に入れるものの、定職に就かずにいる高等遊民。「私」を惹きつける魅力があるらしいが、実際には結局友人Kの喪失から立ち直れずに自殺を選ぶ、明治の若者である[3]

奥さん[編集 | hide]

学生時代の「先生」とKが下宿していた家の娘。男尊女卑時代に書かれた作品だからか、影が薄いが、「先生」がKの死後ニヒリストのような虚脱的な言行を示すようになったことを憂えている。「先生」及びKの自殺の真相は、「私」が読者に語り掛けている時点ではまだ知らない。どこまでも蚊帳の外に置かれてしまっている。

K[編集 | hide]

「精神的に向上心がない者は、バカだ」が口癖の意識高い系。寺生まれで、仏道の精進の思想に大きく影響されているが、養家の希望を無視して、医者になることは拒絶する。現代に生まれていればきっとインドにでも旅に出たことであろう。

奥さん(お嬢さん)に惚れた自分が許せず、かといって下がることもできず、悶々と片想いの状態にとどまっていたが、「先生」に心情を告白。その「先生」もまた同じ女性に恋愛感情を抱いていたことに気付かず、お人よしにも出し抜かれてしまい、失恋自殺する。

あらすじ[編集 | hide]

鎌倉の海に遊んでいた帝大生の「私」は、何故か外国人と会話しているニートの「先生」に出会い、そのただならぬ雰囲気に惹かれ、「先生」の家に出入りするようになり、ぼんやりとだが「先生」に暗い過去があったらしいことを知る。「先生」の所に入り浸り過ぎて芳しくない成績になりながらも辛うじて帝大を卒業した「私」は、両親の所へ帰省するが、都会人とインテリが嫌いなのが田舎者の特徴で、どうもうまくそりが合わない。何度もぶっ倒れながらもなずに頑張る病気の父のせいで、東京に帰れることもままならず、いら立ちを隠せずにいた「私」は、「先生」の遺書を受け取り、それを好機とばかりに東京へと逃げ帰る。

「私」は姿を潜め、小説の後半は先生の遺書がそのまま掲載されている。100000字近い手紙であるから、ものすごい分量であるが、ともかく何とか封筒には入ったらしい。漱石先生はきっと自らの原稿用紙で実験したはずであり、その漱石先生が封筒に入っていたと仰っているのだから間違いない[4][5]

その途方もなく長い遺書によると、「先生」は財産を親族に奪われながらも何とかニートとしてやっていけるだけのギリギリの財力を保ちながら、帝大に入学し、選んだ下宿先のお嬢さんに惚れてしまう。にも拘らず、無防備にも同じく男性である、友人のKをも下宿に招き入れてしまう。
精進したいKは嫌がったのに強引に招き入れたのだから、三角関係になっても自業自得のはずなのに、いざ三角関係になると、Kが無駄に意識高い系であるのをいいことに抜け駆けし、今度はKを自殺に追いやってしまう。
何も知らない下宿のおかみさんが、出し抜いた「先生」に即答で娘を預けてしまったこともそうだが、ともかくもツッコミどころ満載の行動を取りながら何とかお嬢さんを手に入れた「先生」は、今更になってKを自殺に追いやったことに延々と苦悶し、ニートしながらも自身の存在を打ち明けられる相手と、死に場所を探していたらしい。
かくて「私」に全てを告白することを決意した「先生」は、体裁上は明治天皇の崩御の後を追う、明治の時代精神に対する殉死であるなどと格好だけ付けて、自殺を決意する。

奥さんは未だに何も知らない。きっと、いつまでも何も知らされず、ただ一人取り残されることとなるのである。

評価[編集 | hide]

明治時代、近代黎明期の日本人の心情を鋭く描いた良作である一方で、大正世代以降の、隙あらば好きな相手を奪うことを厭わない新世代には理解しがたい内容となっており、「先生」の殉死はある意味ではそのような「理解されない」未来をも象徴していると捉える声もある。

いずれにせよ、形ばかり「不倫」と非道徳的事項のように言いながらも、深く考えずに自由に振る舞う人間が多い昨今では、わざわざ自殺するほどのことではないものを深く考えすぎたからと邪推されるか、本当はその結果(漱石自身のように)胃潰瘍神経衰弱に蝕まれた健康不安が自殺の理由だろう、と尤もらしく分析されるのがオチである。

しかしながら、一部の片想い失恋から抜け出せない人にとっては、今でも多大な影響を及ぼし得る作品である。大抵の人は、この小説を読むことで、失恋や抜け駆けを深く考えすぎないことの大切さと、意識高い系のやせ我慢の愚かしさとを学べる。このため、高校の教科書に抜粋・掲載されていることも多いという[6]

脚注[編集 | hide]

  1. 他の2作は、彼岸過迄行人
  2. 三四郎それから
  3. 大正の若者は友人よりも恋愛を優先する。武者小路実篤友情』を参照。
  4. ちなみに、素人の検証では途方もないことになっている。もちろん、このライターが精神的に向上心のないバカだからに違いない。
  5. 漱石は居留守の時には堂々と「いないと言ったらいないんだ」と怒鳴ったそうである。
  6. 勿論、これは文科省が考えすぎないことを若者に教育するためである。考えすぎてインテリにでもなられたら、極めて不都合だからである。

関連項目[編集 | hide]