アンサイクロペディアの臨終(ウソペディア視点)

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
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ウソペディア視点でのアンサイクロペディアの臨終とは、あるウェブサイトにて公開され物議を醸したり醸さなかったりした「アンサイクロペディアの臨終」を捻くれた角度から語ったり語らなかったりする項である。

概要[編集 | hide | hide all]

2019年11月に何を思ったか「アンサイクロペディアはオワコン」という、10年前から絶え間なく言われ続けているセンテンスをわざわざ時流に合わせて書き直した「個人の感想」がとあるネットの片隅にて公開された。それこそが「アンサイクロペディアの臨終」である。内容も当時からあまり変わっておらず、「独裁者のせいでサイトが終わった」「あとは埋葬するだけ」という、いつものアレである。しかし実際ななめ読みした限りでは、アンサイクロペディアを凋落させたのは個人ではなく全体なのだという事にはあまり触れていない。

そもそも営利目的でもない、一銭にもならない暇つぶしサイトで独裁して何を得るのか。ヲチスレで聞けば、政治板でアベガージミンガーと叫ぶ連中と同じ答えしか返ってこないだろう。「狂気の独裁者だから」「理由なんてない、そういう狂人だから」と。しかし人間、利益がない事はしないのだよ諸君。赤字覚悟のセールと言っても、総合的には黒字になるように目玉商品以外で金を落としてもらうのだよ。LTA:xyzの正体はrxyではなく、「rxyにすべて押し付けたい反rxy系LTA」なのだよ。ユアペ辺りでオウム信者の子供だとかなんだとか正体暴き()をしている貴方たちは、その単語が出れば真っ赤になって特攻してくるから潰しやすいのだよ。知らんけど。また「BC権限者は議論や経過説明を一切経ない個人的な理由や解釈に基づき、あらゆるユーザーに対して予告なく全権を剥奪し永久追放することが許される」という前例が作られた事で、xyzの本体アカウントはいつでもMuttley自身を消し去れる。いわゆる「あーあ、LTAの思い通りになっちゃった」ということ。ちなみにご存じの通り、その本体アカウントは立場上絶対に消しようがない。そういうものだ、知らんけど。

しかしそれは些細な事でしかない。

その本質[編集 | hide]

アンサイクロペディアにおける一連の騒動で明らかになった最大の問題点は、「(自分と同じように)誰もサイトにもアカウントにも興味がない」という当たり前の事実が詳らかになってしまった事である。だって、しょせん暇つぶしだもの。追放された人間が、ネタ一個いただきーとしか思ってないくらいに思い入れを持たない状態なんだもの。誤認ブロックユーザーの99%は「あーあ、ま、いいや」と数分後にはアンサイクロペディアに関する執着を消し去ってTwitterゲームカタログで暇を潰し、たまにブログのネタが無いときに思い返して適当に改ざんしながら愚痴を書き込むのである。そんなもんよ?どんな熱も必ず冷める。生きて、腐って、呪え。

そしてその無関心という病は、ウソペディアだって同じように罹患している。だがま、最初から埋葬されているような規模だから大騒ぎにはならない、きっと。知らんけど。