ウソブックス:ウソチューンズの作詞法

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
ナビゲーションに移動 検索に移動

ウソペディアで、一年以上放置されているウソゲームスを別とした時、最も弱いジャンルがウソチューンズである。尤も、ユーモラスに作詞することは研究生たちも苦手と見えて、向こうでも総曲数はわずか140である。[1]

換言すれば、ウソチューンズは、ちょっと頑張ればすぐにライバルを追い抜けるのも事実なのである。だからこそ、テコ入れのし甲斐もあるというものであろう。

そこで、今回は、実際に作詞経験があるあるユーザーが、ウソチューンズ作詞の秘法を伝授するのである。

初級:替え歌編[編集 | hide | hide all]

ウソチューンズを作るにあたって、最も初歩的なのが、替え歌を作る方法である。替え歌を作る場合、曲が存在するのみならず、歌詞も存在するので、比較的料理しやすい。とは言え、無闇やたらにいじってしまうと、どうもパッとしない替え歌になってしまうだろう。そこで、今回は大原則を示す。

大原則[編集 | hide]

  1. 替え歌を作る時は、元の歌詞の骨子は残せ。
  2. 変える部分も、音の変化は最小限にせよ。
  3. 字数ないし音数は、基本的に変化させないこと。

実例と解説[編集 | hide]

代表的な実例として、拙作のウソチューンズ:残酷な世間のテーゼがある。これは無論、エヴァンゲリオンのオープニングテーマ曲の替え歌であるが、歌詞付きの動画を再生して比較すればわかるように、歌詞の基本的な骨格は原則としていじらずに、元の曲とは全く異なるストーリーを組み立てている。そのストーリーをネタバレするのは野暮なので、詳しくは当該ページを見て欲しい。

かくて骨子を残しつつも、全く変えないのでは意味がない。そこで、ちょいちょい歌詞を変える必要があるのだが、「あなた(anata)」を「あの子(anoko)」に変えるなど、変化させている部分でもできる限り音の変化は少なくしている。「生きる(ikiru)」→「いきむ(ikimu)」などもその例であるが、中でも「不倫じゆう」などは、音一つ変えずに、記事の視覚制を利用して当て字を行ったりすらしている。それによっても、思わぬ効果が生まれるのである。

単に音を似せるのみならず、音数も変化させてはならない。何故なら、替え歌は歌であり、歌われることを想定して書かれなければならないからである。歌う時、歌詞が字足らずであれば不自然に伸ばすことになり、字余りであれば不自然に詰めることになるため、いずれにせよ歌いやすさは大幅に下がってしまうだろう。上の例では、この点意識しているので、恐らく字余りも字足らずも無いはずである。

中級:新規作詞編[編集 | hide]

替え歌は作りやすい。しかし、ウソチューンズは歌であるにせよ、原曲が必要だなどとは誰も言っていない。そこで、あえて自作の歌を載せる手がある。これが、中級編である。

大原則[編集 | hide]

  1. 作曲は各々の頭の中で適当にやらせればよい。感覚としては、作詞のみをを書くイメージで。
  2. 但し、散文詩にするよりは韻文詩にした方がよく、韻律も意識すると良い。五七調、七五調、ラップ調など。

実例と解説[編集 | hide]

所謂歌謡曲のいくつかは、詩人が書いた詩に後から曲を付けたものとなっている。詩は「うた」と読むことからも分かるように、歌と密接な関連性があり、などは、楽器がなくても言葉に音楽的な響きを持たせる最たるものである。

そろそろ実例を見てみよう。同じく拙作の、ウソチューンズ:韻文弱いよ和文体を例にとる。この歌は、基調としてはラップ調を意識したものとなっており、ラップ調の原則である、一定分量の句+脚韻の型からなるべく外れないように文章を構成しつつ、韻文に関する文化が(詩歌はあれども)あまり発達していない和文体の状況を指摘するように工夫したものである。原則として(T)A+I音による脚韻を基調としつつも、外れた部分に関してはN音脚韻に回収しようと試みるなどの工夫が見て取れるはずである。

上級:新規作曲編[編集 | hide]

作詞した曲をどう歌わせるかは人任せでも良いが、曲まで自前で作ってしまう手もある。これが上級編である。曲まで作るのであれば、大きな方向性は曲に歌を合わせる方法と、歌に曲を合わせる方法と二体分されるが、前者の場合は初級編で述べた音数や、中級編で述べた韻律などの知識を適宜応用すれば良く、後者の場合はどちらかというと本格的な作曲になるので、作詞法と銘打った本書の範囲を超えてしまうため、あまり詳しくは触れない。

こればかりは、実例に任せた方が良いであろう。ということで、トリはこの曲。

ウソチューンズ:アナタノタメナラ

…え、歌詞が聞こえないって?それはユーモアが欠落しているか、芸術への造詣が浅すぎるかのどちらか。ちゃんと聞けば、歌詞は心に沁みてくるはずである。あんなにユーモラスな歌詞なのだから。

脚注[編集 | hide]

  1. 2018年5月4日時点。