オタク

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オタク(英:Geek、OTAKU)とは、日本の東京都台東区秋葉原に本部を置く世界最大の公然秘密結社である。

概要[編集 | hide | hide all]

東京都台東区秋葉原に本部を置く秘密結社で、アニメなどのサブカルチャーを好む者を中心に多種多岐に亘る分野に強い興味や関心を持つ者が加盟する組織として知られる。

発足したのは1910年代だが、一般的に知られるようになったのは1980年代〜90年代以降であり、特に21世紀に入ってから急速に組織が拡大するようになった。

歴史[編集 | hide]

発足から独立回復までの興亡[編集 | hide]

オタクは1918年に東京府東京市下谷区秋葉原で「日本伊達者聯盟」として発足した。この秘密結社の発足は大正時代の当時、雑誌の発刊やラジオ放送の開始、外国製カメラの登場などによって新たな娯楽が誕生したことにより、趣味の幅が大きく広がったことに起因するものであった。

そのため大正末期頃万世橋駅・秋葉原駅はこの組織の本部への巡礼に来た加盟者=現代でいうオタクによって大きく賑わったという。しかし、一方で当組織の加盟者による行為は社会的に問題視され1931年には東京地下鉄道が万世橋駅から流入するオタクが秩序を乱しているとして同駅を廃止した。

昭和10年代に入り軍部の台頭と軍国主義化が起こると従来黙認を続けていた大日本帝国政府は一転してオタクの弾圧を開始し、特に戦時中は「戦争中なのにこんな下らんことをするな」という考えのもと組織の摘発とメンバーの徴兵をが多く行われ一時壊滅状態となったが、一部弾圧に耐えて活動を続けた者もいるという。その後の1945年に日本の敗戦によって戦争が終結するとオタクも復興するものと思われたが、GHQは再軍国主義化に繋がるとして軍事支部を弾圧し、オタク本部がこれを匿ったのも相まってGHQもまたオタクの弾圧を行ったため、オタクは社会から表向き絶滅状態となってしまった。

復興とオタク大成長[編集 | hide]

1952年に独立を回復するとオタクは漸く復興を開始。テレビ放送が開始したり漫画が一般化してサブカルチャーが芽生えるとともに徐々に加盟者数は回復し、1965年には戦前の加盟者数を上回りオタク拡大期に突入した。

1980年代にはオタクの呼称が一般的になり、ある程度この組織の加盟者に対する認知度も上昇するに至った。しかし、当初この名称は蔑称色が強かった。

オタクへ名称変更[編集 | hide]

1993年、ついにオタクへ名称変更し、以降はこの名称が一般となった。

現在、全世界で約8000万人の加盟者がいるとされる。

関連項目[編集 | hide]

 

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