ネタ被り

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
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ネタ被り(ねたかぶり)とは、フォーク制度のないアンサイクロペディアにおいて重複立項を可能にするために考案された制度である。

概要[編集 | hide | hide all]

NRVなどが物語っているように、ユーモアの研究に明け暮れているアンサイクロペディアンにとって、既存の記事の改稿は困難な作業だと考えられている。

これは、研究に没頭するあまり象牙の塔に閉じこもってしまった彼らのユーモア観は、先鋭化され過ぎたために事実上一人一学派を形成しているからである。百家争鳴といえば響きはいいが、その実態は悲惨なもので、あまりに先鋭化して互いに相容れないほど独自に発展したユーモア観を持っている彼らは、改稿を試みても他の研究生のユーモア観と合致せず受け入れられづらいことを経験的に嫌でも知らされる。

一方で、このようなユーモア観の相違によって、既存項目でも、自分ならもっとよくできる、もっと面白く書ける(≒他の人が書いた記事は自分のユーモア観に照らせばまだまだ未熟である)という思いに駆られることも多い。

そこで、改稿する代わりに納得できないアンサイクロペディアンが新たに立項する手段として考えられ、開発されたのが、ネタ被りなのである。

二番煎じとの違い[編集 | hide]

アンサイクロペディアでは重複性の高い点でネタ被りに類似する立項として、他に「二番煎じ」が存在する。「ネタ被り」はうまくいけば別の切り口の発見となり、ウソペディア競争相手が同じ記事を書く切り口を削る手段にもなるため大変重宝されているが、「二番煎じ」は原則として歓迎されない。

何故ならば、彼らの言い分によると、同じ技法・着想の使い回しである二番煎じは、元記事をも含む技法・着想のユーモアの価値を引き下げるからである。お笑い芸人などはモノマネされて広まるし、着想や技法を模倣することは良い研究生になるための第一歩でもあるはずなのだが、この点は完全にスルーされており、極小生産による価格つり上げのみをユーモア百科事典としての市場支配原理にしていることが窺われる。

これ自体はやむを得ないことである。かつての日本さいころペディアは事実上潰れ、ウソペディアも台頭しつつあるとはいえせいぜい600記事しかない状況であるから、アンサイクロペディア独占企業であると、アンサイクロペディアンは長く考えているからである[1]

余談[編集 | hide]

ちなみに、英語圏ではネタ被りではなく、ユアペディアやウソペディアと同様、「フォーク」という表現が使われているようである。

ex. Ok here's what I'll do. I'll revert the article to your version and fork my edits to a new page m'kay?[2]

あるいは、元々ユアペディアにおけるフォークという表現は英語版ウィキペディアの輸入なのかもしれない。

脚注[編集 | hide]

  1. 他言語版アンサイクロペディアは言語の壁が原因で日本に侵入する気配もないし、百科事典サービスに関してもSNSと同様先行者優位の法則が働くと考えている節もあるのかもしれない。ただし、ニュース部門などは別で、虚構新聞などの競争相手がいない訳でもない。
  2. Uncyclopedia:VFH/Uews:Chia bas the 14th letter of the Eglish alphabetより。英語版アンサイクロペディアではIPにも秀逸な記事の投票権(0.5票)が与えられているらしいので、あるウソペディアンが留学がてらに投票していることは公然の秘密である。