ポーランド

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
ナビゲーションに移動 検索に移動

ポーランド(英:Poland)とは、パイの一種。東ヨーロッパ原産の肥沃な大地が原産となり、数多くのグルメ評論家からの絶賛を得ている。

概要[編集 | hide | hide all]

Bouncywikilogo small.gif
ユーモア欠落症患者の為にウィキペディアのユーモア欠落症のマフィア達が「ポーランド」の項目を執筆しています。

現在でも東の中国、西のポーランドと世界でも屈指のネームブランドを誇るポーランドは、その名前の由来を「野原」に持つ。これは東ヨーロッパに住む人々がパイを旅に出たときの食料として用いており、ロシアベラルーシ方面に広がる大平原の中でそれを食したためである。元がさまざまな民族で作られていたパイのため、その正確な起源は存在していない。しかし、11世紀頃にはローマ教皇公認の美味としてその存在はヨーロッパ世界全体に知られたものとなった。

ポーランドはその後ドイツやリトアニアの食文化と混ざり、その味を変えていった。一時は遊牧民にも大流行し、ヨーロッパに留まらない人気を裏付けていた。ポーランドはその味を受け継ぎ続けながら、16世紀には最盛期――焼きたての状態になった。

レシピブックを眺めている、名だたる美食家の方々。
Bouncywikilogo small.gif
ユーモア欠落症患者の為にウィキペディアのユーモア欠落症のマフィア達が「ポーランド分割」の項目を執筆しています。

それからはポーランドには美食ブームの時代がやってきた。ロシアやドイツといった名だたる美食家がポーランド食べつくし、その食べ方を研究していた。事実、5度にも渡りグルメガイドが刊行され、その時主流である食べ方が掲載されていった。それに合わせてポーランドの風味・レシピは多種多様化し、元の源流を失ってしまう時代を迎えることとなる。20世紀には新しいポーランドを見出す運動によって元の味を戻そうとし、ポーランドは徐々に復活していたが、当時の美食家からの批判を受け、ふたたびポーランドの名前は廃れていった。

現代でもポーランドというパイは存在しているものの、過去の反省を踏まえ美食家によるレポートは控えられているものの、過去のポーランドの人気具合が取り沙汰されることがある。インターネット上ではとりわけポーランドボールという名前でその偉大なる食べ方を残そうという運動が世界のユーザーによって行われている。

ポーランドの食べ方[編集 | hide]

おいしく焼き上がったポーランド。

ここでは、美食家が発見してきたポーランドの食べ方について解説していく。前述の通りポーランドは5度にわたってレシピブックが刊行されたが、これはほぼ共著である。というのも、当時の美食家界隈においてはおいしいものはみんなで共有しようという暗黙の了解があったためで、もしこれを侵すことがあればその地位を失うこともあり得た。したがって、いつの時代も美味であったポーランドは常に多くの美食家に取り分けられていったのである。

第一次[編集 | hide]

Bouncywikilogo small.gif
ユーモア欠落症患者の為にウィキペディアのユーモア欠落症のマフィア達が「第一次ポーランド分割」の項目を執筆しています。

当時ポーランドの美食家として名を馳せていたのはロシア帝国であった。ロシア帝国は当時ポーランドを左側から食すべきというスウェーデンの意見に真向から対立する形で、ロシアウクライナを切り分けて食べる方法を編み出していた。それに美食家内で反発が生じた結果、当時有力な美食家であったプロイセンオーストリアとロシア帝国はともに手近なポーランドの欠片を食べながら、ポーランドの食べ方について確認が行われた。

第二次[編集 | hide]

Bouncywikilogo small.gif
ユーモア欠落症患者の為にウィキペディアのユーモア欠落症のマフィア達が「第二次ポーランド分割」の項目を執筆しています。

しかしポーランドは時代を経るにつれ味が落ちてしまう。したがってロシアは独自の文化を持ち込んで、味の改良に着手。プロイセンとともにこれを食べわけ、再びおいしい食べ方についての知識が共有された。

第三次[編集 | hide]

Bouncywikilogo small.gif
ユーモア欠落症患者の為にウィキペディアのユーモア欠落症のマフィア達が「第三次ポーランド分割」の項目を執筆しています。
美食家の方々が取り分けたポーランドの姿。

残りも少なくなってしまったポーランドの欠片は、さまざまな美食家の注目の的となった。美食家の中で第一次にも参加したプロイセン、オーストリア、ロシアが参加し、最後のパイの味を確かめた。これによりポーランドは「幻のパイ」となる。

第四次[編集 | hide]

Bouncywikilogo small.gif
ユーモア欠落症患者の為にウィキペディアのユーモア欠落症のマフィア達が「ウィーン会議」の項目を執筆しています。

第三次から何年か経つと、プロイセンで作られていたパイのうち、とてもポーランドに酷似したパイが登場し、ワルシャワと呼ばれるようになった。これを聞きつけた美食家のオーストリア、そして製作者のプロイセンが参加し、これをすべて食べ切った。このときのグルメレシピは、事実上の四つ目としてカウントされている。

第五次[編集 | hide]

Bouncywikilogo small.gif
ユーモア欠落症患者の為にウィキペディアのユーモア欠落症のマフィア達が「ドイツ・ソビエト境界友好条約」の項目を執筆しています。

概要で述べた通り、懐かしきポーランドをもう一度取り戻そう、と懐古運動が展開されたポーランドは、20世紀初頭には再び食べられる状態へと進化していった。しかしこれを見逃さなかったドイツ、およびソ連は、これを事前に協議のうえ分け合って食べることにした。はたしてその協議通りに取り分けられてしまい、ポーランドの名前は再び引っ込むこととなる。これもポーランドの食べ方のひとつとして、五つ目と数えられている。


関連項目[編集 | hide]

Red1.png この記事「ポーランド」は、第4回赤色執筆コンテストで、1位入賞したとガチで強く認められております[ウソペディアンの独自研究]
フル・フロンタル大佐もこの記事を激励しております。
「君には才能がある。君が本当に器たらんとするなら、私と共に来い。」
余裕で入賞したポーランド について、フル・フロンタル大佐

この記事「 ポーランド 」は、
2020年年間トップ記事制度 標準記事部門1位入賞 してしまいました。

この事実にウソペディアン 悪臭 拍手するべきです。