全集

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
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全集(:complete works)とは、専門家でもなければ手を出すべきではない分厚い書物群である。

概要[編集 | hide | hide all]

全集は、ある特定の作家の全作品をあつめた書物群である。通常は厳めしいハードカバーの本として出版され、傑作は勿論だが、余程のことがない限り誰も気にしないような駄作まで集めることとなるので、重量面でも内容面でもとても重いものである。

このため、その作家の文章を本格的に研究している専門家ならまだしも、せいぜい教養を深めたいだけのインテリや暇人にとっては、手を出すのには向かない書物群である。専門外の人にとっての正しい使い方は、後述する。

意義[編集 | hide]

古来、「文はなり」という言葉がある。その意味で、全集を研究し尽くすことは、作家の全体像を知ることに繋がる。少数の傑作・代表作のみで浮かび上がる作家像は、言うなれば作家を見たいように、アイドルとして見るようなものである。教養としてであれば、それでも読書離れが進んでいる大衆相手には十分に通用するが、その作家の生涯や文体の細かな変遷、版間の差分、時代状況に応じた注釈などを全て理解しなければならない専門家にとっては、全集はこの上ない資料となる。

何故ならば、全集は駄作や草稿まで含めて、理想的にはあらゆる作品を網羅した全体像を、専門家に与えてくれるからである。

誤用[編集 | hide]

専門家ではない人にとっては、全集は向かない。何故ならば、専門家でないのなら、一人の駄作まで含めた全作品を読むよりも、複数の作家の代表作を読んだ方が、文章表現の仕方、ストーリーの構成運び、教養などを効率的に深められるからである。

ところが、意識高い系などは、格好つけて、全集に真面目に取り組んでいる姿を見せたりする。こうなると、「難しいことやっているからカッコいい」という自己イメージの形成に役立つばかりで、得られるものはせいぜい達成時の自己満足のみ、悪貨は良貨を駆逐し、元々あった才能すらもそがれることとなりかねない。あるいは、やたらと重い本を長時間持ち続けるので、ちょっとだけ筋力は付くかもしれないが、それなら筋トレにでも言った方が余程効率的であり、これも目的外の副産物である[1]

正しい使い方(専門家以外)[編集 | hide]

カッコつけたい富裕層などには、これを蔵書という名のコレクションとして保有し、インテリア代わりにする人達もいる。駄作交じりの全集などは、せいぜいこうして飾っておいた方が正しい使い方になるだろう。実際、全集は見た目だけは厳めしいので、まさに飾りにはふさわしい。

こうして全集は立派に飾るだけ飾っておいて、読みたい作家の代表作は、軽い文庫本から適当なものでも探せばよいのである。

脚注[編集 | hide]

  1. 全集は人間工学的にも必ずしも持ちやすい形には設計されてはいないので、そもそもこちらの目的での利用は想定されていない。

関連項目[編集 | hide]