収斂進化

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
収束進化から転送)
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収斂進化(しゅうれんしんか、収束(しゅうそく)進化、:convergent evolution)とは、本来全然違う系統の生物が、進化の結果似たような姿や習性を持つに至ることである。

概要[編集 | hide | hide all]

コウモリ翼竜鳥類昆虫類や、海洋哺乳類と魚類など、似たような活動を行う生命は似たような姿へと進化する傾向があるが、これを収斂進化という。この現象が起こるのは、進化的アルゴリズム[1]を走らせれば理解できるように、進化の結果得られる生体・形状などの最適解が似たり寄ったりのものになることが多いからである。

ミームの収斂進化[編集 | hide]

生物学的な収斂進化のみならず、文化的な遺伝子即ちミームにおいても、収斂進化が起こることが知られている。トキワ荘からは手塚治虫に影響された藤子不二雄赤塚不二夫石ノ森章太郎等の一連の漫画家が輩出され、東大卒の多くは堅苦しい言葉を話す官僚・大手企業社員として活動する。

政治家の多くはどんなに初志が高くとも、やがて長期政権の中で腐敗していき、野党議員は揃いも揃って与党攻撃にばかり力を注ぐため、いざ政権を奪取すると自己を攻撃し始める始末で、独自政策を立案することがなかなかできない。若者は老人を「老害」と非難し何とか姥捨て山に追いやろうとするが、いざ老人になると手の平を返し、揃って「今時の若者は」と嘆いて見せる。

いずれも、立場や環境の影響を受けたミームの収斂進化である。これは、社会全般のみならず、MediaWikiサイトにおいても見ることができる。

ウソペディアアンサイクロペディアに長く滞在し過ぎれば定番ネタを使い回し、新しいネタの模索をサボるユーモア欠落症のライターになりかねないし、エンペディアウィキペディアンの侵入が激しく、そのうち尤もらしく議論の仕方を専門的に議論し始めかねない場へと変貌しつつある。

古くから、「朱に交われば朱くなる」と言われているが、似たような集団に身を置く人間は似たような挙動を示す傾向があり、県業者の多いMediaWikiサイトでは、ともするとサイトレベルでの収斂進化が起こりかねない。このことに、特に過疎ペディアの運営者はしばしば頭を悩ませている。これは同傾向のサイトであれば、先行者優位が働くためであり、成長のためには何らかの独自性を(進化論的な最適解の「最適性」を少々犠牲にしてでも)獲得する必要があるからである[2]

ミームの収斂進化は、画一性が望ましい環境においては歓迎されるが、多様なユーモアを受容するウソペディア等では、あまり歓迎されない。しかし、ある意味では、多様性の受容というミームを共有すれば、それもまた一つの画一性・収斂進化になってしまうため、実際には、人々は多かれ少なかれ何らかのミームの収斂進化に巻き込まれざるを得ないのである。

脚注[編集 | hide]

  1. 進化論における自然選択突然変異のメカニズムを組み込んで、経験的な最適解局所最適解を含む)を算出するコンピュータアルゴリズム
  2. ウソペディアでは、サルベージの全面禁止やUSP:RED1など、アンサイクロペディアからの峻別を図る試みがいくつか存在しており、今のところは比較的まともに機能しているようである。ほぼウソペディア専門で活動しているユーザーが一定数いることも一因らしい。

関連項目[編集 | hide]