失恋

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
ナビゲーションに移動 検索に移動

失恋(しつれん、:heartbreak, broken heart)とは、ありもしない理想の恋愛対象[1]が実際に存在しなかったと痛感することである。

概要[編集 | hide | hide all]

カール・ユングが指摘し、典型的には片想いに見られがちな現象であるが、恋愛の本質は、そこに脱人間・超人間的な理想の恋愛対象を見出すことにある。しかしながら、対象はあくまでも現実の存在である[2]ため、通常何らかの乖離が見られることとなる。盲目的とも言える初期段階の恋愛においては、この乖離は無視できるものと感じられるが、やがて心理学的なバタフライ効果[3]によって、どこかで無視できなくなってしまう。

多くの場合は徐々にその点に気付くため、自然消滅したり、既に人生の墓場に入ってしまっていたりするが、時には激しく、強烈な形でその乖離を突きつけられることになる。このような激しい形での乖離の自覚によって、妄想に近い域の恋愛状態から現実に一気に引き戻される現象が、失恋である。

失恋の意義[編集 | hide]

失恋は、恋愛状態にある人間を現実に引き戻す効果があるが、これは酒に酔った人間に冷水を浴びせるようなもので、所謂恋の病の状態にまで陥ってしまい、生命の危機や極度の生産性の低下が見られている人間にとっては、社会復帰のきっかけとなる。

このため、行き過ぎた片想いストーカーに対しては、心理学的な荒療治として、失恋が差し出されることがある。

失恋の弊害[編集 | hide]

しかしながら、多くの場合、失恋は気分の良いほろ酔い加減の恋愛すら認めない、という厳しい宣告となって立ち現れる。このため、多くの男女は、失恋しそうになると相手に泣いてすがってよりを戻そうとしたり、自暴自棄になったり、浮気して相手の嫉妬心をくすぐることでどうにか失恋を回避しようとする。しかし、失恋は一度その傾向が現れると大抵引き戻す術がなく、そのような悪あがきは殆どが水泡に帰す。

こうして失恋を経験した人間は、時には立ち直るが、その場合でもぬぐえない青春の傷跡を残すことになる[4]。相当数の場合は立ち直り切れず、いくつかの悲劇的な末路をたどることとなる。

最も過激なケースでは、ウェルテルKのように自殺し、人生そのものから引退してしまう。そこまで行かずとも、古来失恋は出家・隠遁の契機となっており、これによって有能な人材の多くが宗教界に奪われてきたため、社会規模での経済的被害が発生している。尤も穏健なケースでは、草食系になったり、恋愛恐怖症になったりして、恋愛を拒絶あるいは回避し、結果として少子高齢化を推進する。

別の傾向として、失恋の前の恋愛時代の麻薬的な魅力が忘れられずに、恋愛依存症セックス依存症に陥るケースが存在する。こちらのケースでは、過去の恋愛に固執してストーカーに変貌するパターン、次々と対象を乗り換え、今度は自分が失恋させる側になることで間接的に報復を果たそうとするパターン、悲劇的な面持ちで快楽と真実の愛を追求し続けるドン・ファン型のパターンなどが存在する。

いずれにしても、穏当な恋愛においては、失恋はあまりにも過激な処置であるため、人々を現実へと立ち返らせる効果以上に、人々を新たな狂気へと走らせる効果があり、弊害も大きいと考えられている。

失恋対策[編集 | hide]

このように、失恋には大きな弊害が存在することが認められているため、極めて保守的で家制度を未だに支持しているような一部のネット右翼は、失恋の対策としてそもそも恋愛を禁止にし、古来のお見合い結婚制度を積極的に復活させることを提言している。

ネット右翼とは異なる理由で、AKB48など一部のアイドルグループでは、失恋による暴走防止のために、恋愛禁止のルールを導入しているケースも存在する。

しかしながら、繰り返すが恋愛は酒のようなもので、上手に付き合えばそれ自体が害悪である訳ではないのも確かである。従って、本来であれば失恋に至らない恋愛術の研究こそ進められるべきなのであるが、そもそもうまく恋愛できない男女が多い日本の場合は、相手を射止めるまでの導入部までの解説書ばかりが氾濫しており、本格的な対策の研究は進んでいない。これは一部の自称恋愛学研究家の間では、今後の研究課題であるとみられている。

脚注[編集 | hide]

  1. ヘテロセクシュアルにとっては異性だが、LGBTをはじめとするセクシュアル・マイノリティーにとっては別の対象が存在しうることに注意されたい。
  2. たとえ二次元のキャラクターであっても、声優作家等の中の人は存在する。
  3. 比較的単純な古典物理学の世界ですら、初期条件のわずかな相違がカオス的挙動を生み出すのだから、いわんや人間心理をや、である。
  4. 巷では、これを「大人になる」と称する。