専門家

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
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専門家(せんもんか、:specialist, expert)とは、「専門」と称される狭き領域に、自らの能力の殆ど又は全てを注ぎ込んでしまったバカの事である。

概要[編集 | hide | hide all]

最新の脳科学が明らかにするところでは、どんな天才でも使える知的能力(あるいは知的資源)は常人と大差なく、一芸に秀でることとは、コミュニケーションや日常生活などの他の知的能力の犠牲の上にしか成り立たないという。これはトレード・オフと呼ばれる考え方であり、実際、多くの天才は生まれながら又は無意識のうちに一芸に秀でてしまったために、それ以外の能力において常人に劣りがちであることで知られている。

しかし、中には10000時間の法則に則り、本来であれば常人として生活できたにもかかわらず、敢えて「専門」と呼ばれる狭い知的領域に10000時間以上の人生と自らの全知的能力を捧げてしまう人達がいる。医学的見地から見て、このように意図的にアンバランスな生活を送ることはたいへん不健康なことであり、こうした行為は本人及び周囲の過労死のリスクを高めるため、過度の飲酒喫煙と同様、慢性自殺とでもいうべき愚行だと考えられている。

とは言え、極度の愚行は逆説的な畏敬を引き起こすもので[1]、運よく「専門」が学術として認められている場合に限って、このような愚行に走る人には、「専門家」という敬意を含んだ称号が与えられるのである[2]

二つの文化と専門家[編集 | hide]

かつてC.P.スノーは、文系専門家は熱力学の第二法則[3]を知らず、理系専門家はシェイクスピアの作品を一つも知らないと嘆き、専門家の文化が二つに分化されていると皮肉った。

この表現は誤りではないが、現実は更に過酷で、外科医は内科を知らず、量子物理学者は熱力学の第二法則を知らず[4]夏目漱石の研究家はシェイクスピアを知らない、という具合に、専門家は近接領域の事すら知らず、その文化は二つには収まらないほど多様である。

有効性と限界、そして対策[編集 | hide]

スノーが分断を指摘した20世紀には、まだモーレツ社員チャップリン[5]歯車として回っていれば社会が機能する時代だったので、極度に特定分野に特化した専門家も役立つ人材としての価値があった。しかし、環境問題南北問題テロリズムなどの地球規模の問題が無視できなくなると、問題の全体像を把握できる人材がいないことが問題となり、専門家の限界が露わとなった。これは、地球全体を一つのシステム[6]として捉える必要が出て来たからである。

これを受けて専門家たちは慌てて学際領域の開発に乗り出しているが、元々分断されていなかった[7]を分断後につなぎ直しても、せいぜいちぐはぐで継ぎ接ぎだらけのフランケンシュタインが出来上がるばかりであり、「進歩」はあっても問題解決の見込みは未だに立たずじまいである。

教育においても、学際領域を担当する人材は専門家の寄せ集めであるため、真にシステム的思考が可能な人材は殆ど生まれず、蛙の子は蛙、専門家は別の専門家の再生産を繰り返すばかりである。

ウィキペディアン、アンサイクロペディアンと専門家[編集 | hide]

アンサイクロペディアンによると、ウィキペディアンは「専門家気取り」である。これは、堅苦しく、議論のための議論を続けているからなどの理由によるらしいが、実際には少数の例外的なウィキホリックを別としたウィキペディアンの大半は、寄付金の分け前が得られる訳でもないウィキペディアでの活動を、暇つぶし趣味程度にしか考えておらず、要出典を貼られない程度に尤もらしくググって出て来た論文や書籍を貼っておけば誰も敢えて検証可能性を行使しようとはしない事を知っている。それ故、全ての知的能力を捧げているとは到底言えないお気楽な道楽程度の活動しかしていないので、専門家ではないどころか、それを気取ってすらいない。

むしろ、ユーモアの研究に打ち込み、そのためならば執筆記事の内容に精通すらしてしまうアンサイクロペディアンの方が、余程専門家に近い。

知ったかぶりと専門家[編集 | hide]

世間には、高学歴な専門家を安易に「物知り博士」扱いし、専門家が本当はバカだとは露ほども思っていない別種のバカも一定数存在する。このようなバカに専門外のことを問われると、一部の専門家は知らないことを適当にウソついて知っているかのようなフリをして、「物知り博士」のイメージを保とうとしたがる。このような人々は知ったかぶりと呼ばれ、その割合は専門家の方が非専門家よりも高いため、中には知ったかぶりを「専門家気取り」と揶揄する人達もいる。

この意味では、ググった情報を貼り付けて済ます大学生やウィキペディアンも、本当は知らないことを知っているふりをしているので、「専門家気取り」と表現しても当たらずとも遠からずである[8]

専門家と過労死[編集 | hide]

専門家は専門ただ一つに没頭しているため、しばしば文字通りに寝食を忘れたり、自分の専門の世界を壊す学生にハラスメントを行って憚らないブラック企業ならぬブラックラボ・ゼミを築いたりすることが知られており、ある研究によると過労死リスクが、専門家本人は1.5倍、学生は1.3倍、日常的な世話を行う配偶者さえも1.2倍に高まることが報告されている。

専門家の死亡リスクについては、他にも電柱に頭部を強打することによるリスクが2倍、敵兵に「私の図形を踏むな」と叫んで殺害されるリスクが1.000001倍、権力者に適当な理由で粛清されるリスクが5倍に高まることが知られている。

脚注[編集 | hide]

  1. 歴史を繙けば、狂人崇拝されたケースも多数存在することを思い起こすと良い。
  2. 「専門」が学術と認められていない場合は、「オタク」、「nerd」、「geek」、「マニア」等の別の称号が与えられ、畏敬すらされない完全なバカとして扱われることとなる。
  3. エントロピー非減少の法則とも。熱効率100%の永久機関(第二種永久機関)の不可能性を説く。
  4. 古典力学の応用に入るため。
  5. モダン・タイムズ』参照。
  6. 相互作用のある要素の集合。個別の要素(歯車)だけいじっても、必ずしも問題が解決しないことが特徴。
  7. 科学哲学から分化し、内部分裂を繰り返してきた経緯がある。
  8. 大学生はむしろ「専門家の卵」のはずなのだが…。

関連項目[編集 | hide]