常識
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常識(じょうしき、英:common sense)とは、万人に共通する感覚又は知識という幻想である。
幻想の原因[編集 | hide]
常識という幻想が生まれる原因は、いくつか考えられる。
- DNAが酷似していること。チンパンジーですら約98%のDNAがヒトと共通しているのだから、人間同士のDNAには大差などあるはずがないのである[1]。
- 民族などの共同体意識が芽生えること。民族主義は代表例だが、それに限らず、学閥意識、会社意識、地元意識など、共同体への帰属意識は挙げればキリがない。それ自体が幻想なのであるが、この意識を維持するために、共同体の構成員全員に共通の何か、つまり「常識」があることにされなければならなかったのである[2]。
- 自分を基準に思考すること。簡単な話で、その人にとって当たり前のことは、みんなにとって当たり前であろう、という発想である。一種の認知バイアスということができる。
- 集団心理により、思考あるいはミームが収斂進化すること。朱に交われば朱くなるとはよく言われるが、実際同じような環境・境遇にいる人間は同じような発想・思考に至る傾向が見られがちである。
「常識的に考えて」とは[編集 | hide]
常識の成句として、「常識的に考えて」というものが存在するが、これは勿論「私の頭の中で当たり前だと思っていることに沿って考えると」という意味であり、詭弁の正当化や権威づけの役にしか立たないであろう。ちゃんとした主張は、常識を持ち出さずに行うべきである。