悪魔の辞典

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悪魔の辞典(あくま - じてん、:The Devil's Dictionary)は、作家にして黒魔術師アンブローズ・ビアスが作り出した、悪魔を宿した辞典

 

概要[編集 | hide | hide all]

悪魔の辞典

様々な言葉を、辛辣な皮肉とニヒルなユーモアをもって解説した辞典…を装った、悪魔の分身。本自体に悪魔が宿っており、うっかり読んでしまった者は精神を蝕まれ、次第に皮肉を言うようになったり、厭世的になったりするようになり、最終的には自殺に至るかデーモン・ハンドによって墓地送りにされる。

当初は『冷笑家用語集』という名前で出版された。これは、悪魔をタブー視していた出版社が無理矢理押し付けたものである。が、これを読んだ人々が、悪魔に毒されて『冷笑家云々』というタイトルの本を出版するようになり[1]、ビアス自身にとって好ましくない結果となったため、『悪魔の辞典』に改題。神を畏れぬ行為だと評されたが、このとき既にビアスは悪魔の虜になっており、神など恐れるに足りない存在であった(#執筆の経緯参照)。

詩の引用が多く成されているのが特徴で、特に多いのが「G・J」ことガッサラスカ・ジェイプ神父のもの[2]で、これも悪魔は神をも恐れないという意識の表れであるとされる。

編纂された時代がかなり前だからとはいえ、女性に対する性差別的文章が多く収録されている。これを読んだフェミニスト達は、怒りと悪魔が取り憑いたのとで突如過激になり、日夜Twitterでまともな文章にならない何かを喚いている。

執筆の経緯[編集 | hide]

自らが志願して参加した南北戦争で重傷を負い死の淵を彷徨ったビアスは、下の兄弟3人が生後間もなく死んだりカルヴァン主義の熱心な信者であった両親から厳しく躾をされたりした過去の記憶も合わさって、次第に厭世的になっていった。そんな彼の心の弱さを見抜き、つけ込んだのが「悪魔」という存在であった。

僕と契約して、黒魔術師になってよ」と言われるがまま悪魔と契約したビアスは、文章力を急激に身に着けるとともに、負のエネルギーを必要とする黒魔術に傾倒していった[要出典]1868年にはサンフランシスコの新聞で風刺のコラムを担当。この頃には既に、悪魔を宿したインクを文字として実体化し、印刷機を通して増殖させる魔法を確立していたとされている。そんなビアスも流石に人の子で、1871年には鉱山技師の娘であるマリー・エレン・デイと結婚し、後に3人の子を設けている。

悪魔信仰は留まることを知らず、1873年には新婚旅行と称して渡英、そこで初の著書『悪魔の喜び(The Fiend's Delight)』をペンネームで出版。はしがきに『執筆するにあたり、わが博識の友サタン氏に有力な援助を仰ぐことができた』と記していることから、既に悪魔とはかなり親しくなっていたことが分かる。

帰国後はジャーナリストとして雑誌の編集に携わるようになり、有名人を言葉の力で次々倒していった。そして、1881年、その中の一冊である『ウォスプ』誌に「冷笑家用語集」を寄稿し始めた。

このときには既に十分な名声を得ていたものの、一度自らの強さを知るとさらなる力を求めるのが人の常。ビアスはより悪魔に力を求めるようになった。その結果、それなりに仲の良かった家族は離散、妻がある男性に手紙を宛てたことを知って疑心暗鬼に陥ったビアスは1888年に別居を始め、1904年に離婚、その翌年に妻が病死。長男は女性を巡る争いの中で銃撃され(1889年)、頼りにしていた次男も深酒による肺炎で(1901年)それぞれ死亡している。また、持病の喘息や戦傷の後遺症の悪化などにより負のエネルギーを高め続けたビアスは、1906年に『冷笑家用語集』を一冊に纏め、出版。1909年全集刊行時に『悪魔の辞典』に改題した。

が、このとき既にビアスは何もかもを失っていた。家族は死に、友人とは自ら縁を切っていた。これは勿論悪魔の所業であり、騙されたのだと気づいたが、時既に遅し。人間を憎み、母国アメリカを憎んだビアスは、メキシコにある南北戦争の戦場を巡る旅に出た。このとき既に齢73である(1913年)。旅の最中であった1913年12月26日に「As to me, I leave here tomorrow for an unknown destination.」(「明日ここを去り、その先どこに向かうかは、私自身にもわからない」)と手紙を記したのを最後に失踪。この事件は大きな話題になり、案の定「行き止まりの洞窟に入って出られなくなったんじゃないか」「メキシコで銃殺されたんじゃないか」「そもそもビアスはメキシコに行っていないんじゃないか」「ただの売名だろ」などの様々な憶測を呼ぶことになった[3]

脚注[編集 | hide]

  1. 周囲の反対を押し切って愚著を出版した彼らは、後に社会的・経済的に破滅し、悲惨な最期を迎えている。
  2. お犬様への褒め言葉ではない。
  3. 岩波文庫版で解説を担当した長田弘は「鮮やかな結末。最後の一行で、すべてが明らかになる。アンブローズ・ビアスは、そういう物語を書きつづけた作家だった。ビアスが結末を書かなかったのは、じぶんの人生の物語だけだ」と、悪魔に取り憑かれた状態で皮肉っている。

関連項目[編集 | hide]