燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)とは、人間の感覚の違いを揶揄した故事成語である。
意味[編集 | hide | hide all]
意味合いとしては「しょうもない奴には天才の考えてることなんか分かる訳ねーだろ」といった蔑みや見下しの言葉となる。場合によっては同僚などへの餞や、皮肉の意味で用いられることがあるが、大抵の場合自分を高く評価し相手を見下すという考え方で用いられるため、どちらかというと喧嘩言葉として用いられる。また、文章本来の意味は「なぜ小鳥(燕雀)には大鳥(鴻鵠)の考えていることが分からないんだ」という嘆きとなっている。すなわち、この言葉を使用すれば一種のナルシストと成り果てることもある。
由来[編集 | hide]
司馬遷が編纂した歴史書「史記」による。秦が衰退しかけていた頃に陳勝という人物がいた。彼は後に秦が滅ぶきっかけとなる大規模な反乱を起こすが、それ以前は雇われ農夫という低い身分であった。その彼が雇われ農夫だった時代に、同僚の農夫に嘲笑われたこと[1]があった。その時、彼を見下すかのように
「嗚呼、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」
〜 嘲笑ってきた同僚の農夫 について、陳勝
〜 嘲笑ってきた同僚の農夫 について、陳勝
とドヤ顔で発言したという。これに対し同僚の農夫はドン引きし、すぐにその場から去って行ったとか。
考察[編集 | hide]
しかし人間の考えていることなど、例え大きな志を持っていたところで一目で理解できるということはそう多く無かろう。となると、ある意味同僚の農夫は普通であるか、または陳勝が自信家であったと考えられる。しかし結果的に陳勝は反乱に成功し世の中をひっくり返している訳である。やはりそれぐらいの気持ちでいないと成功することはできないということだろうか。
使用例[編集 | hide]
使用例を挙げてみると
- 「タカシ、宿題はやったの?」「ふん、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやとはこのことだね」
- 「すみません、なぜ働かないのですか?」「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやって知ってる?」
- 「なんか俳句作ってよ」「燕 雀 安んぞ鴻鵠の志を知らんや」「いや2・2・20ゥ!」
とキリがないが、少なからず聞いた相手は苛立ちを覚えること必至だろう。くれぐれも使用には注意が必要である[2]。
脚注[編集 | hide]
関連項目[編集 | hide]