田野章太郎

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
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田野章太郎(たのしょうたろう、1928~)とは、日本プロ市民左翼活動家及びのび太国の政治家。

来歴[編集 | hide | hide all]

1928年、東京都南多摩郡に生まれ、1931年に大日本帝国政府の共産主義迫害で肉親を失う。その後、1950年代に革共同に入る。その後、南多摩郡の環境を守る会を設立し、多摩ニュータウンの開発を阻止すべく平成狸合戦ぽんぽこに参戦する。結局は連合軍に敗れて1971年には多摩ニュータウンが開発されてしまった為、そのショックで失踪。その後1974年に新日本帝国内で発見され、共産主義運動を再開。当初政府から迫害の対象となったが、同年、皇帝毛利清将が崩御し、国内が混乱に陥った隙を狙って1976年に独立し、新日本革命臨時政府を建立、しかし翌年10月に野比のび犬が、のび太日本国亡命政府を建立し、翌年2月11日にはのび太日本国亡命政府が新日本帝国に入将し、のび太国に国名変更を実施。

当初、のび太国とは対立関係にあったが、社会帝国党が成立すると急に同調姿勢に入り、1986年に合流、以降のび太国の政治家として活躍する。