出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
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(かみ、:God)とは、古代人間が考え出した的な道具である。

概要[編集 | hide | hide all]

神とは、超人的な存在をざっくり示す意味から、一神教的な唯一無二の絶対神まで、様々な意味・定義を与えられてきた存在である。近年では、人間が何か予想外に上出来な行動を取ると、その人間が安易に「神」と称せられるほど神という言葉の価値は暴落気味となっている[1]

神の定義自体は宗教や時代、地域によってかなり幅があるが、大雑把に言えば、その時代・地域において、人知の手に負えない存在を仮に表現するために使われるのが、「神」という言葉であり、この意味で神は、人間知性が生み出した道具であることが分かる。

機能[編集 | hide]

神の機能は、大きく3つに大別される。

未知の隠蔽[編集 | hide]

よく分からないことを、とりあえず「神」の仕業ということにしておけば、分かった気になることができる。最も原始的な神の使い方。科学の発展と共に衰退しつつある使い方だが、未だに進化論教育を否定するアメリカの一部の州などで根強い支持を得ている。

善悪の基準[編集 | hide]

倫理観、善悪の基準などというのは、結局は相対的であり、絶対的基準がない。そこで、不毛な議論に終止符を打ち出すために強引に持ち出されるのが、この場合の「神」である[2]。どう見ても問題がない行動でも、「神が禁止したから」ダメだと宣言することが可能となるため、誠に便利であり、多くの有神論者は今なおこの観点での神を活用している。

生きる目的[編集 | hide]

人生目的をとことんまで突き詰めて考えれれば、人類が存在するべき必然性も、あなたが生きているべき必然性もどこにもない[3]。つまり、あなたがいつのうとも、誰も(何も?)気にしないのである。しかし、それを認めてしまうと、虚無主義者が増えすぎて、自殺人口が増加するため、政府も資本家も、絞れるものを絞れなくなってしまう。そこで、無理矢理人生に目的を与えるために考え出されたのが、この意味での「神」である。この意味での神は、何となく生きている人間やワーカホリック、快楽主義者には必要とされていないため、人生の目的への考察が深めづらい現代では利用頻度が減りつつある。

弊害[編集 | hide]

上記で見た所によると、神は無駄な思考を行う手間を省いてくれる、非常に便利な道具のように見える。しかしながら、実際には数多の弊害を生み出しているため、タバコ以上に大きな社会的損害をもたらしている。

知性の停滞[編集 | hide]

神は、分かっていないことを恰も分かった「つもり」にさせてしまう道具である。従って、神が強力に導入された社会では、科学哲学等の諸学の発達が阻まれる。消極的に阻まれるだけであればまだよいが、多くの宗教では仮にこれらの学問が「神」による説明と矛盾する事実を突きつけた場合にはそれを積極的に潰しさえするため、神の導入は、知性を積極的に停滞させる決断と捉えることすら可能である。

宗教戦争[編集 | hide]

神は、強引に絶対的な善悪の基準を定めてしまうため、「豚肉を食べる国]」と「食べることを禁じている国」や、「卵の殻を上から向く国」と「下から向く国」、「キリスト以外の神を認めない国」と「ローマ教皇聖母マリア、使徒を神として認める国」などで対立が激化し、しばしば宗教戦争が引き起こされるきっかけとなって来た。宗教による自殺の抑止効果があるとしても、容易に数百万人単位の人が殺されてしまうこととなってきたことから、人口維持の観点では、神の導入はむしろ逆効果になっていると言える。

テロリズム[編集 | hide]

神に仕え、神のために生きるほどまで神にのめり込む一部の過激な利用者は、神を徹底的に導入しようとしない他者が許せず、彼らに改宗を強制しようとして暴力的行為に走ることがあることが知られている。その中でも最も過激な一部の集団は、テロリズムと呼ばれる暴力的犯罪行為によって、多数の死傷者を発生させるという大きな弊害を生んでいる。

神は有益な道具か[編集 | hide]

現代においては、最早その答えは否であることがはっきりしている。活発な知的探求の枠組みが存在しなかった古代においては、神の活用が政治的・社会的に望ましいとされていた時代もあったが、知的探求能力の向上、教育水準の向上などによって、今となっては神の活用はテロなどの弊害の方が大きくなってしまっているためである。

19世紀には早くもニーチェ神の死を宣言しているが、現代においてはその傾向はますます強化されることが望ましいであろう。神は、その歴史的な役目を終えつつあるのである。

脚注[編集 | hide]

  1. この傾向は特に、古来八百万やおよろずの神を認め、戦死者を安易に神呼ばわりする某国において顕著である。
  2. 演劇を強制的に終幕へと向かわせる機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)そのものである。
  3. 死んだら誰かが悲しむ、などという言説には、論理学的な意味はない。

関連項目[編集 | hide]