自分

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
ナビゲーションに移動 検索に移動

自分(じぶん、:self)とは、私にとっての私、あなたにとってのあなたであるが、何故かむやみやたらに探されたり、その人を酔わせたりする作用がある奇妙な存在である。

概要[編集 | hide | hide all]

自分とは、まさにあなた自身の事であるが、ではあなたとは何かと問われた時に重要になるのが、アイデンティティである。このアイデンティティは、抽象茫漠としている上に、結局のところ他者との比較によって浮き彫りになる同一性でもあるので、しばしばあなたはこれを見出すことができなくなる。それによって起こるのが、「本当の自分はどこか別の所にいる」という錯覚に基づく「自分探し」で、インド修行に出たり、意識高い系として多様な活動に手を出したり、何となくTwitterFacebookに張り付いて「なりたい自分」のロールモデルをぼんやり探してみたり、ウソペディアに記事を書き込んだりするようになる。しかしながら、青い鳥と同じく、自分とは目の前にあるものであり、常にあなたに突き合わされる存在である。

そこで、今度は、自分から離れられないが故の疲労感が裏返って陶酔感となり、自己陶酔と呼ばれる現象が起こる。自己陶酔に陥ると、ナルシシズムなどの異常人格の形成に加え、自分は天才であるという錯覚に基づいた変人ぶった行動や、自分が生み出した陳腐芸術に心を奪われる自己満足自画自賛を行うようになる。末期症状に至ると、「自分に酔った」状態となり、自分を捕まえようとして水面に飛び込んだりする羽目となる。

こうして、自分とは、目の前にあることを忘れて探し求めても、目の前にあることに対して自覚的になり過ぎても厄介な症状を引き起こす、どうしようもない存在と化すのである。

向き合い方[編集 | hide]

自分の人生には責任が伴うので、適度には自分と向き合わなければならない。しかしながら、自覚的になり過ぎてまで見据えてしまったり、ナルシシズムに陥ってしまっても支障が出るので、適度にカラオケ恋愛によって、自分を忘れることも必要である。こうして、自分が自分であることを自覚しつつ、時として自分から距離を置くことが、自分との上手い付き合い方となるであろう。