西城秀樹

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西城秀樹(さいじょうひでき、1955年4月13日 - 2018年5月16日)とは、日本歌手アイドル

概要[編集 | hide | hide all]

1970年代から80年代にかけて、郷ひろみ野口五郎と並んで一世を風靡し、新・御三家の異名を取ったが、タバコ愛し過ぎたためか、早い段階でスモーカーズフェイスに襲われ、脳梗塞を二度発症した後、急性心不全であっけなくんでしまった。

「若いうちはやりたいこと何でもできたのさ」
西城秀樹 について、西城秀樹

有名なYOUNG MAN (Y.M.C.A.)のこの歌詞の通り、日本初とも言われる大胆なスタジアムライブを敢行するなど、文字通り「若いうちはやりたいことを何でもやっていた」が、後半生でそのツケを支払うことになったようである。

ヤングマン誕生秘話[編集 | hide]

代表作YOUNG MAN (Y.M.C.A.)は、実はヴィレッジ・ピープル洋楽カバー曲である。当時この曲は世界でブレイクし、ゲイの市民権向上に寄与したとされる経緯から、ゲイの曲だと思われていた。まだまだやりたい放題やれる若いうちの男前な西城なら、別に開き直ってそのままゲイの曲として日本で出しても良さそうなものだが、いかんせん保守的な日本社会では、芸能界ですら当時は同性愛など御法度であったため、そのままでのカバーはレコード会社の反対によって立ち消えとなる。レコード会社が反対しなかったら、日本人はどうせ英語を殆ど理解できないので大した問題とはならなかったか、無意味な印象論で文春辺りが騒いでスキャンダルになったかのいずれかであろうが、この反対によってやりたい放題を通したかった若い西城は意地となり、翻案・翻訳を手掛け、自ら人文字になることすら決意して、遂に大ヒット曲、ヤングマンを生み出したのである[1]

その間にやりたい放題、スパスパ吸った煙草の数、…これが後に彼を呪うこととなるとは知らずに。

脳梗塞、そして[編集 | hide]

そのツケは幸福の絶頂で現れた。若い女の子を捕まえ、年の差婚に成功した上に子供まで作った2003年、最初の脳梗塞に見舞われる。この時48歳。人生五十年時代[2]ならとっくに老人だが、既に人生八十年時代にあった当時では、まだまだやりたい放題できる若いうちだったので、声帯に関連した神経の機能障害をもやりたい放題克服して、見事復帰する。しかし、2011年に、今度は一時右半身麻痺になるほどの重度の脳梗塞に襲われる。時に56歳、流石に人生八十年時代でも中年で、そろそろやりたい放題が効かなくなったためか、後遺症も残ったという。それでも何とか舞台復帰し、何とかやりたい放題を通そうとしていた2018年、ついに最後の一波として心臓発作が西城を襲った。時に63歳であり、流石に「初老」と言われる身。今度ばかりはこれまで何とか通してきたやりたい放題も通らず、遂にここに斃れたのであった。

脚注[編集 | hide]

  1. その影響力は、今尚Y!mobileコマーシャルに採用されるほどである。
  2. 結構最近、明治どころか昭和戦前まで、およそそうと言っても過言ではなかった。