阿蘇公国

出典: 究極の八百科事典『ウソペディア』
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阿蘇公国(あそこうこく)とは、かつて九州地方に存在した国家。九州公国の前身である。またの名を肥後という。

概要[編集 | hide | hide all]

1639年。島原の乱で敗北したキリスト教徒一揆軍の残党が阿蘇まで逃げ込んで建国された国家である。幕末になると、国境を超えた日本において、倒幕運動を目指したものも、他のグループに倒されて諦めた人々が阿蘇キリスト国で暴動を起こし、結果彼らによって大阿蘇中央帝国が建国された。この為、大阿蘇中央帝国とは、長らく敵対関係であった。表向きはどちらも藩ではあったが、大阿蘇中央帝国は幕府寄り、この国は倒幕寄りに政策を進めていた。

その後の明治維新後は大阿蘇中央帝国も維新寄りに向けたものも、対立は一層深まっていた。その後もずっと敵対関係にあり、2015年の日本大反乱の時には、新九州公国に国名を改めて大阿蘇中央帝国改め新九州帝国と共に列強として存在した。同年9月には新九州帝国を倒し、ここから九州公国に至る。